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全紙幣のデザイン変更へ|肖像画変更は2004年以来 1万円札は渋沢栄一

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全紙幣の肖像変更 2024年上期目処

政府は数年後をめどに、1万円などの紙幣の肖像画を変える準備に入った。

政府関係者が9日未明、明らかにした。

肖像画の変更は2004年以来となる。政府関係者が9日未明、明らかにした。

最新の偽造防止技術を紙幣に反映させることが狙いで、平成から令和への改元に伴って、紙幣も全面的に交代することになる。

現在の1万円札、5千円札、千円札は2004年11月に図柄が刷新された。

 

1万円札は1984年に聖徳太子から福沢諭吉に切り替わって以来の変更

1万円札の肖像は1984年に聖徳太子から福沢諭吉になって以来の変更となる。

5000円札の肖像は2004年に新渡戸稲造から日本で戦後初めて女性の樋口一葉になり、1000円札の肖像は同年に夏目漱石から野口英世に変わっていた。

 

 

財務省発表事項

 

Ⅰ.新しい日本銀行券について

日本銀行券一万円、五千円及び千円について、偽造抵抗力強化等の観点から、次の要領で様式を新たにして製造することとし、所要の準備に着手しました。

1.主な様式

 (1)新たな偽造防止対策等
   ・高精細すき入れ
     現行の「すき入れ」に加えて、新たに高精細なすき入れ模様を導入
   ・最先端技術を用いたホログラム
     一万円券及び五千円券にはストライプタイプのホログラムを新たに導入 ※1
     千円券にはパッチタイプのホログラムを新たに導入 ※1
      ※1 肖像の3D画像が回転する最先端のホログラム。銀行券への採用は世界初。
   また、記番号について、現行の最大9桁から10桁への変更を予定しています。

 (2)ユニバーサルデザイン(券種間の識別性向上等)
   ・指の感触により識別できるマークの形状変更及び券種毎の配置変更
   ・額面数字の大型化(表・裏)
   ・「ホログラム」及び「すき入れ」位置を券種毎に変更
   などを予定しています。

(参考)現行券
券 種表(肖像)
一万円券福沢諭吉鳳凰像
五千円券樋口一葉燕子花図
千円券野口英世富士山と桜
 (4)寸法
    縦、横ともに現行券と同じ寸法です。
券 種寸  法
新一万円券縦: 76ミリメートル横:160ミリメートル
新五千円券縦: 76ミリメートル横:156ミリメートル
新 千円券縦: 76ミリメートル横:150ミリメートル

 

2.発行時期

 2024年度上期を目途。

 

新しい日本銀行券の肖像等について

 

1.新一万円券

表(肖像):渋沢 栄一(しぶさわ えいいち)【1840~1931】
 第一国立銀行、東京株式取引所(現 東京証券取引所)、東京商法会議所(現 東京商工会議所)など生涯に約500もの企業の設立等に関わったといわれ、実業界で活躍。また、教育・社会事業・民間外交にも尽力。 

裏 :東京駅(丸の内駅舎) 辰野金吾設計、1914年竣工。「赤レンガ駅舎」として親しまれてきた歴史的建造物。明治・大正期を代表する建築物の一つ。戦災で一部焼失、2012年復原工事完了。丸の内本屋は国の重要文化財指定(2003年)。

(注)ホログラムをはじめ図柄等の細部については、今後、検討の上、決定予定。
また、様式は所要の手続き等を経て、今後、告示で定めることとなる。

 

2.新五千円券

表(肖像):津田 梅子(つだ うめこ)【1864~1929】
 1871年、岩倉使節団に随行した最初の女子留学生の一人。1900年に女子英学塾(現 津田塾大学)を創立するなど、近代的な女子高等教育に尽力。

裏 :フジ(藤) 「フジ(藤)」は古事記や万葉集にも登場し、日本では古くから広く親しまれている花。 

(注)ホログラムをはじめ図柄等の細部については、今後、検討の上、決定予定。
また、様式は所要の手続き等を経て、今後、告示で定めることとなる。

 

3.新千円券 

表(肖像):北里 柴三郎(きたさと しばさぶろう)【1853~1931】
 世界で初めて破傷風菌の純粋培養に成功、破傷風血清療法を確立。 また、ペスト菌を発見。私立伝染病研究所、私立北里研究所を創立。後進の育成にも尽力。

裏 :富嶽三十六景「神奈川沖浪裏」 日本を代表する浮世絵。江戸時代の浮世絵師葛飾北斎の代表作で知名度も高く、世界の芸術家に影響を与えた作品でもある。

(注)ホログラムをはじめ図柄等の細部については、今後、検討の上、決定予定。
また、様式は所要の手続き等を経て、今後、告示で定めることとなる。

(出典:財務省)

 

 

渋沢栄一

天保11年2月13日(1840年3月16日)生まれ。昭和6年(1931年)11月11日没。

江戸時代末期(幕末)から大正初期にかけての日本の武士、官僚、実業家。

第一国立銀行や東京証券取引所などといった多種多様な企業の設立・経営に関わり、「日本資本主義の父」ともいわれる。

 

 

津田梅子

元治元年12月3日(1864年12月31日)生まれ。昭和4年(1929年)8月16日)没。

日本の教育者。日本における女子教育の先駆者と評価される。女子英学塾(のちの津田塾大学)創立者。

初名はうめ(「むめ」と書いた)で、明治35年(1902年)に漢字表記に改めて「梅子」とした。

 

 

北里柴三郎

1853年1月29日(嘉永5年12月20日)生まれ。1931年(昭和6年)6月13日)没。

日本の医学者・細菌学者である。貴族院議員・従二位・勲一等旭日大綬章・男爵・医学博士。

私立伝染病研究所(現在の東京大学医科学研究所)創立者兼初代所長、土筆ヶ岡養生園(現在の北里大学北里研究所病院)創立者兼運営者、第1回ノーベル生理学・医学賞最終候補者(15名の内の1人)、私立北里研究所(現在の学校法人北里研究所)創立者兼初代所長並びに北里大学学祖、慶応義塾大学医学科(現在の慶應義塾大学医学部)創立者兼初代医学科長、慶應義塾大学病院初代病院長、日本医師会創立者兼初代会長。

「日本の細菌学の父」として知られ、ペスト菌を発見し、また破傷風の治療法を開発するなど感染症医学の発展に貢献した。門下生らはドンネル先生との愛称で畏れられて、親しまれていた

 

 

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