東宮御所(令和元年5月1日より仙洞御所)

皇室

仙洞御所 天皇皇后両陛下ご退位後のお住まい|東宮御所を改修し仙洞御所に

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ご退位後のお住まいは東宮御所を改修

宮内庁は4月22日、新天皇皇后両陛下となる皇太子ご夫妻の皇位継承後のお住まいについて、皇居・御所に移られるまでの間、現在の東宮御所を赤坂御所と呼ぶことを明らかにした。

御所は天皇、皇后両陛下が上皇、上皇后としてお住まいの間、吹上仙洞(ふきあげせんとう)御所と改称する。

いずれも、令和元年5月1日付で改める。

皇太子ご夫妻と長女の敬宮(としのみや)愛子さまは、両陛下が吹上仙洞御所を出られた後も改修工事をする間、赤坂御所で過ごされる。

ご夫妻はこの間、皇居に通う形で公務に励まれる。

赤坂御所の名称は一時的なお住まいだと明示するためで、昭和から平成の皇位継承を踏襲する。

 

天皇皇后両陛下は、吹上仙洞御所から仮住まい先の高輪皇族邸(東京都港区)にお移りになられた後、最終的に皇太子ご一家が皇居・御所に移り住まれ、改修した後の赤坂御所に入られる。

名称は両陛下のご転居に合わせ、高輪皇族邸が仙洞仮御所、赤坂御所は仙洞御所とされる。

 

京都御所内の仙洞御所は 京都仙洞御所に

仙洞御所は歴史的に上皇の御所を指した。

後水尾上皇の住居として造営され、京都御所内に庭園などが残る現在の仙洞御所は5月1日付で京都仙洞御所に変更する。

皇嗣同妃となる秋篠宮ご夫妻のお住まいは、秋篠宮邸のままとし変更はない。

 

 

天皇陛下の御退位に伴うお住居の移転等について

平成 29 年12 月18日
宮   内   庁

 

今般,「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」の施行日が決定し, 皇位の継承が行われることとなった。皇位継承後は,新天皇皇后両陛下 が先々の御公務を円滑にお始めになるためには,できるだけ早く皇居に お移りいただくことを最優先しつつ,しかる後に,上皇上皇后両陛下, 皇嗣同妃両殿下に,それぞれのお住居に落ち着いていただくことが重要 であることを踏まえ,皇位継承に伴うお住居の移転等について,次のと おりの対応を予定している。

1. 御退位の後,上皇上皇后両陛下には,できるだけ早く,現在お住ま いの御所から,御仮寓所として改修整備した高輪皇族邸(旧高松宮邸) に御移居になる。

2. その時点から直ちに御所の改修工事を行い,改修後,新天皇皇后両陛 下には,現在の東宮御所から直接皇居内の御所へと御移居になる。

3. 次いで,現在の東宮御所の改修工事を行い,改修後,上皇上皇后両陛 下には,御仮寓所から,仙洞御所となる現在の東宮御所へと御移居に なる。 なお,御仮寓所であった高輪皇族邸については,それ以降は,赤坂 東邸に代わる皇族共用殿邸として活用を図る。

4. 皇嗣同妃両殿下には,引き続き,現在の秋篠宮邸にお住まいいただく こととし,建物の老朽化・狭隘化,御身位の変更に伴う御活動の拡大 等を踏まえ,赤坂東邸との一体的活用を図りつつ,御殿の増築改修工 事を行う。

 

 

高輪皇族邸改修整備工事の経費について

平成30年7月6日
管  理  部

 

1. 御譲位後の上皇上皇后両陛下の御仮寓所として本年度予算で改修整 備を進めている高輪皇族邸については,「今後およそ 8 億円をかけて改 修予定」などとの報道がなされていますが,改修整備工事費を極力節約 するとの両陛下のお考えに沿って種々見直しを行った結果、改修整備工 事全体の経費は当初予算額の 8.4 億円から5億円台半ば程度に大幅に縮 減される見通しです。

2. 具体的には、工事の中心である本邸整備工事については,当初予定し ていた御運動施設・御研究施設の取り止めを始め、種々見直しを行った 結果、当初の予算額 5.6 億円から 3.8 億円に 1.8 億円縮減して既に工事契 約を行いました。 更に当初予算額が 2.8 億円の仮設事務棟設置などのその他の工事につ いても見直しを進めており、その結果、改修整備工事全体の経費は,当 初予算額 8.4 億円に対して,5 億円台半ば程度に大幅に縮減される見通 しです。

3.なお、御運動施設の取りやめに伴い、両陛下は御運動のために皇居 内のテニスコートに隣接する多目的ホールに通われ、また、御研究施設 の取りやめに伴い、陛下は御研究のために、これまで通り皇居内の生物 学研究所に通われる御意向です。

 

 

仙洞御所(せんとうごしょ)

譲位した天皇(上皇・法皇)の御所。仙洞とは本来仙人の住み処をいう。そこから転じて退位した天皇(上皇・法皇)の御所をいい、さらに転じて上皇・法皇の異称としても使われた。

仙人とは中国で古くから信じられた理想的な人間像で、俗世を離れて深山に隠遁することから、退位した天皇の住まいの美称として用いられるようになった。貴人の住まいを「御所」ということから「仙洞御所」と呼ばれた。

上皇・法皇は退位後、内裏から退去して仙洞御所に移るのを常とし、里内裏が多くそれにあてられた。仙洞御所はまた「院(いん)」とも呼ばれ、これも上皇・法皇の別称として使われた。仙洞御所には家政機関としての院庁が置かれたほか、白河上皇の時には近衛として北面武士のちに西面武士が設置された。

 

京都御苑の仙洞御所

現在、京都市にある京都御苑内には京都御所の南東に仙洞御所が位置している。これは1627年(寛永4年)に後水尾上皇のために造営されたもので、正式名称は桜町殿という。東部には広い池を中心に庭園が広がっている。初め小堀遠州によって築庭されたが、のちに後水尾上皇の意向により大きく改造されている。

仙洞御所の建築群は1854年(嘉永7年/安政元年)の火災後再建されず、現在では庭園のみが残っており、1867年(慶応三年)以降には隣りの御常御殿が残る大宮御所に組みいれられ、皇室の京都における邸宅として整備された。庭園の周辺が空地であったため京都迎賓館建設の声が上がった際には、その候補地のひとつにも挙がったが、結局別の場所に建設された。

なお、仙洞御所西北に隣接する京都大宮御所は後水尾天皇の中宮であった東福門院の女院御所として造営されたものが元となっている。前述のとおり京都大宮御所は御常御殿を改修を行いそれに伴い仙洞御所との塀を除きこれを組み入れた。大正時代には大宮御所の御常御殿が内装などが洋室に改装されるなど住居としての実用性が向上し、仙洞御所の庭園を合わせた邸宅としての装いが整った。現在では大宮御所と仙洞御所を合わせた邸宅を単に「大宮御所」と呼び天皇、皇后、皇太子及び皇太子妃の京都府への行幸啓(帰京)の際の滞在施設として使用されている。

仙洞御所(大宮御所ふくむ)の地は、かつて聚楽第の後身として豊臣家の本邸「京都新城」のあった地であり、当時は太閤御所・太閤上京御屋敷などと呼ばれていた。豊臣秀吉が没した翌慶長4年9月に大坂から秀吉の正室・北政所(のちの高台院)が入り、居住した。彼女は寛永元年に没ししばらくは甥の木下利房が住したが、寛永4年に後水尾天皇が譲位の意向を示すと、幕府はこの地を仙洞御所と大宮御所の地として選び御所建設工事に着手した。このとき御所の規模構造について大坂城代から「皇居より大きくしないこと」などと細かな指示書が示されている。譲位の意向は徳川和子(のちの東福門院)の生んだ親王が夭折したためいったん撤回され、工事の進捗は緩慢になったと考えられるが、寛永6年11月天皇が突如譲位を決行すると、工事を再開、翌7年12月に上皇は新構の仙洞御所に移徙(わたまし)している。このとき多くの建物は二条城から寛永行幸の際に使用した建物を移築再利用している。阿古瀬淵は豊臣家邸宅庭園の遺構と伝える。

 

皇位継承に伴い 京都仙洞御所に改称

従来、単に仙洞御所と呼ばれてきたが、2019年(平成31年)4月30日の今上天皇の退位後は、上皇 ・上皇后の住居が仙洞御所となるため、区別のために「京都仙洞御所」と改称することになった。

 

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